薬害オンブズパースン会議

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アビガンの新型コロナ治験のデータをどう見るか

 富士フイルム富山化学の2020年9月23日の発表によると、同社の抗インフルエンザウイルス薬のアビガンについて、新型コロナウイルス感染症治療薬としての治験が終わり、効果が確認されたとして10月中には承認申請が行われる見込みだということです。
 治験とは、新薬の製造販売承認を受けるため(今回は、新型コロナ感染症への適応を追加で認めてもらうため)に、企業の資金で行う臨床試験のことです。
 今回は公表された治験データを、薬害未然防止の観点から読み解いてみましょう。

「単盲検」の治験の信頼性は?

 多くの治験では、データの正確性を確保するため「二重盲検法」という手法がとられます。患者も担当する医師も、飲んでいるのが実薬かプラセボか知らない状態で臨床試験をすることです。
 患者は、自分の飲んでいるのが「期待の新薬」だと知ると、なんとなく効果があるように感じてしまう現象(プラセボ効果)が起きることがあります。また医師も、それが実薬かプラセボかを知っていると、治療効果を判定する時に先入観にとらわれてしまう可能性があります。そこでどちらも実薬かプラセボかを知らない二重盲検で試験を行うのです。アビガンについても、元々の抗インフルエンザウイルス薬としての承認をうけるための治験(312試験、US316試験、US317試験、US213試験等)では、この二重盲検法がとられていました。
 ところが今回のアビガンの治験は、「単盲検」で行なわれました。実薬かプラセボか患者は知らないけれど、医師のほうは知っているというやり方です。
 今回の治験で効果があったかどうかの判定基準(主要評価項目)には「症状の軽快」という項目があり、総合的な判断には医師の主観が入る余地があります。ですから医師があらかじめ実薬かプラセボかを知っていることは、その判断に影響する可能性を否定できません。
 ではなぜ今回、単盲検としたのか?
 それは発表文には書かれていません。メディアの取材に対して富士フイルム富山化学では「誰にアビガンを投与しているのか医師が把握し、リスクマネジメントするため」と答えているようですが、とても妥当な理由とは考えられません。

画期的特効薬と言えるのか?

 もう1つのポイントは、今回公表された治療成績です。
 それは主要評価項目である「症状の軽快、かつウイルスの消失が得られるまでの期間」がアビガン投与群で11.9日(中央値)だったのに対して、プラセボ群が14.7日(中央値)だったということで2.8日(19%)短縮されたというものでした。
 新型コロナウイルス感染症の軽症例では、ほとんどが自然に治癒する傾向があることからすると、こうして軽症例の治療期間が2.8日(19%)短くなったということが臨床的にどれほどインパクトがあるかは微妙です。新型コロナウイルス感染症治療薬に一番期待されるのは、重症な肺炎になるのを防ぐ重症化予防効果や、致死率を下げる効果ですが、その点については今回公表されたデータでは何もわかりません。
 この治験は、もともと予定していた症例数で十分な効果の判定ができない場合には症例を増やすことが認められている「アダプティブ臨床試験」でした。当初96症例で効果を判定することになっていましたが、中間解析の結果、もっと増やす必要があると判断され、結局156症例での成績判定となったということです。
 一般論でいえば、特効薬と呼ばれるような“効果の高い薬”は、少ない症例数ではっきりと有意差が出ます。逆に、効果がそれほどでもないという薬の効果を証明するには、より多くの症例数が必要になると言われています。
 その意味で、新型コロナウイルス感染症治療薬としてのアビガンが、当初期待されたような国民生活や経済活動をガラリと変えるような特効薬とは言えないと私たちは考えます。

安全性についてはまだわからないことばかり

 薬には必ず副作用があり、そうした副作用のリスクを上回るほどの有効性がある場合にだけ新薬として承認されるのが原則です。そういう意味では、今回の発表には安全性に関する情報が不足していました。「安全性上の新たな懸念は認められませんでした」と1行記述があるだけです。
 今回の新型コロナウイルス感染症を対象とした治験では、抗インフルエンザウイルス薬として承認を受けた時の用法用量の約3倍にあたる量が投与されています。副作用はどうだったのでしょうか。

 一例をあげると、これとほぼ同じ用法用量で行われた藤田医科大学の特定臨床研究では、血中尿酸値の上昇が84.1%に、血中トリグリセリド値の上昇が11.0%に、肝ALTの上昇が8.5%に、肝ASTの上昇が4.9%に起きたことがわかっています。

 特に血中尿酸値の上昇について、慶應義塾大学の福永興壱教授らの研究グループの報告では、新型コロナウイルス感染症患者345例について検討した結果、死亡に至る危険因子に高尿酸血症も加わることが初めて示されたとされています。

 富士フイルム富山化学は治験の安全性に関する情報をもっと公開すべきです。

 さらにこの薬には、動物実験で催奇形性や胎児毒性が認められています。もしこのまま承認されて、治療薬として一般に流通するようになると、例えば家族の残薬を妊娠可能年齢の女性が偶発的に飲んでしまうといった形での、新たな薬害の発生が強く危惧されます。

 厚生労働省に対しては、アビガンを拙速に承認することがないよう、強く求めたいと思います。