『恫喝文書』の開示
HPVワクチンの積極的接種勧奨の再開がきわめて短期間で決定された背後には、MSDから厚生労働省に対する、HPVワクチンを大量に廃棄することになった場合には今後のワクチンなどの供給で日本が不利な扱いを受けることを示唆して日本政府を『恫喝』した文書の提出があったこと、その『恫喝文書』の当会議による情報公開請求に対して、厚労省が文書が存在しないという嘘をついてまで文書を隠そうとしていたことについては、当ブログ記事「情報公開請求に嘘をついてまで隠そうとする厚労省-MSD『恫喝』文書情報公開請求〔中間報告〕」で報告しました。
同記事で報じた、文書不存在を理由とする不開示決定を取り消して改めて開示不開示の決定をするよう求めた情報公開・個人情報保護審査会の答申を受けて、厚労省は2024年10月31日に開示決定を行い、当会議は『恫喝文書』の開示を受けました。
三原じゅん子副大臣が審議会の頭越しに積極的勧奨再開を前提としたワクチンの確保を要請していたことが明らかに
『恫喝文書』は、田村憲久厚生労働大臣だけではなく、三原じゅん子副大臣(いずれも当時)も宛先としていました。厚生労働省に対するこうした要請書等で、省の長である大臣に加えて副大臣まで宛先に加えるのは異例です。
その『恫喝文書』には、次のような事実が記載されていました。
- MSDが、2021年4月20日に行われた三原副大臣との面談において、積極的勧奨の再開とその後のキャッチアップ接種に必要な4価HPVワクチン(ガーダシル)の確保にかかる要請を受けていたこと。
- 後日、厚生労働省健康局予防接種室からも、積極的勧奨・キャッチアップの実施ともに、2021年10月の積極的勧奨再開と、2022年4月より前のキャッチアップ開始を含め、2022年度の始期以前に実施する場合にも支障のないよう可能な限りの数量の4価HPVワクチン(ガーダシル)を確保することの要請について書面での連絡を受けていたこと。
積極的勧奨の中止は、2013年6月に厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会によって議決されたものですから、積極的勧奨の再開にあたっても、副反応検討部会の審議と判断が必要でした。
しかし、三原副大臣が積極的勧奨の再開とその後のキャッチアップ接種に必要な4価HPVワクチンの確保をMSDに要請した2021年4月20日の時点において、HPVワクチンの積極的勧奨の再開については、副反応検討部会での議論は全く行われていませんでした。副反応報告等の情報を検討してワクチンの安全性を判断している副反応検討部会が、積極的勧奨中止時点から状況に変化はないと判断していた下で、副大臣がいわば頭越しに積極的勧奨の再開、さらにはキャッチアップ接種の実施を前提にしたワクチンの確保を要請していたのです。これは、医薬品の安全性確保における審議会の役割を軽視し、HPVワクチンの安全性を蔑ろにするきわめて不当な行為です。
『恫喝』の効果であっという間に再開決定
『恫喝文書』の提出から積極的勧奨再開に至る事実関係については先の記事でも触れましたが、この『恫喝文書』を読んでから経過を振り返ると、あえて三原副大臣も宛先に加えた『恫喝文書』の効果がきわめて大きかったことが分かります。
2021年4月20日に三原副大臣から10月再開のためのワクチン確保の要請があったにもかかわらず、同年4月30日開催及び8月4日開催の副反応検討部会でも積極的勧奨の再開に関する議論はありませんでした。そこでMSDは、8月後半に『恫喝文書』を提出しました。
『恫喝文書』において、MSDは、まず
「私どもMSD.K.K.といたしましては、HPVワクチンを含む予防接種プログラムの支援や、新型コロナウィルス感染症治療薬の開発等を通じて日本の公衆衛生に貢献できることを大変光栄に思っております。現在、弊社は経口投与の新型コロナウィルス感染治療薬を開発中ですが、変異株においても効果が期待できる可能性があり、有効性、安全性が臨床試験において間もなく明らかになれば、この治療薬を日本に迅速に導入できるよう尽力しているところです。」
と、この件とは無関係な新型コロナウイルス感染症治療薬の開発にあえて触れています。そして、三原副大臣と厚生労働省健康局予防接種室の要請で日本向けのガーダシルを確保していたこと、予定していた積極的勧奨再開のスケジュールが遅れると大量の廃棄が発生する可能性があることを指摘した上で、
「世界的なパンデミックの状況下で医薬品の供給が注目され、倫理的側面からも各国の対応が注目されている中、厚生労働省の要請の元で、HPVワクチンの積極的勧奨の再開のために日本向けに準備されたワクチンが使用されず廃棄されたという事実を公表せざるを得なくなりますと、弊社に留まらず日本政府も国際的な批判の対象となりかねません。」
と、廃棄に至った場合には厚生労働省側の要請で日本向けのガーダシルを確保していた事実を公表することを示唆しています。さらに、
「このような状況が発生すれば、今後HPVワクチンに限らず、パンデミックの渦中で同様に世界的な需要が高まる状況にあるその他の医薬品やワクチンについても、日本への供給確保において何らかの影響を及ぼす可能性も生じるおそれがあります」
と、先ほどの部分と合わせて同社が開発していた新型コロナウイルス感染症治療薬の供給にも影響することを示唆して、厚生労働省に圧力をかけていました。特に事実関係公表の予告は、名指しされた三原副大臣には大きなプレッシャーとなったと思われます。
これを受けて、三原副大臣と厚生労働省は、急ぎ積極的勧奨の再開を実現せざるを得なくなり、同年8月30日に、副大臣就任まで事務局長を務めるなど三原副大臣がかねてより中心メンバーとして活動していた自民党「HPVワクチンの積極的勧奨再開を目指す議員連盟」が、開示文書におけるMSDの主張を代弁するような要望書を厚生労働大臣に提出します。さらに同年8月31日の大臣記者会見において、田村大臣が副反応検討部会に積極的勧奨の再開に向けた審議を求めることを表明しました。
そして、副反応検討部会では、次年度4月からの再開に間に合わせるため、同年10月1日と11月12日の2回、わずか1か月あまりの審議で再開が決定されました。2013年6月から8年余りに渡り中止されてきた積極的勧奨について、このような短期間の審議で再開が決定されるのはきわめて不自然です。その背景には、厚生労働省が審議会委員に対して慣例として行っている議案の事前説明において、委員に対する強い働きかけがあったことが疑われます。
交渉経過の公表を求める要望書の提出
『恫喝文書』の開示によって明らかとなった以上の経過に照らすと、積極的勧奨の再開については、三原副大臣及び厚生労働省健康局予防接種室とMSDとの水面下における交渉が決定的な役割を果たしていたといえます。HPVワクチンの積極的勧奨の再開という政策決定過程の透明化のためには、その交渉内容が明らかにされる必要があります。
そこで、当会議は、2025年3月27日、厚生労働大臣に対して「HPVワクチンの積極的接種勧奨再開に関するMSD株式会社との交渉経過の公表に関する要望書」を提出しました。
要望事項(要望の趣旨)は次の通りです。
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以下の事項に関する、三原じゅん子厚生労働副大臣(当時)及び厚生労働省健康局予防接種室とMSD株式会社との交渉経過を説明するとともに、その交渉経過を記録した文書を速やかに公表して下さい。
- HPVワクチンの積極的接種勧奨の再開
- HPVワクチンのキャッチアップ接種の実施
- 日本向けのHPVワクチン(ガーダシル、シルガード9)の数量の確保
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このように、本来は説明責任を負う厚生労働省が自ら交渉経過を説明し関連文書を公表すべきですが、当会議は、これらの文書の情報公開請求も行いました。これについても今後の厚労省の対応を報告していきたいと思います。