2021年4月9日、朝日新聞朝刊に奇抜なデザインの全面広告が載りました。産婦人科医や小児科医らで作る一般社団法人「HPVについての情報を広く発信する会」(通称「みんパピ!」)が広告主です。
もう「知らなかった」という理由で、死なないでほしい。
という大きな文字が目立っています。
内容は、HPVワクチンの接種を勧める啓発広告です。
HPVワクチンの啓発活動においては、東京小児科医会、 東京産婦人科医会、東京都医師会の3団体が連名で作成したリーフレットでも、日本小児科医会が作成したポスターでも、日本で毎年3,000人の「若い女性」が子宮頸がんで亡くなっているという誤った情報を記載していました。
この全面広告でも、誤解を招く表現や、HPVワクチンの有効性について明らかに誇大な表現が使われています。
20~40代が中心?
全面広告の文章には
日本では20〜40代の女性を中心に、
毎年約1万人が「子宮頸がん」と診断され、
年間約2,800人が亡くなっています。
と書かれています。
年間約1万人が子宮頸がんと診断されているのは事実ですが、気になるのはその前の「20〜40代の女性を中心に」です。
図1は2017年に子宮頸がんと診断された人の年齢別のグラフです。
全面広告では「20〜40代の女性を中心に」と言っていますが、その年代(=20歳から49歳まで)の患者さん(オレンジ色の棒グラフ)はあわせて4,564人で全体の4割。それ以外の世代の方が患者数は多いのです。
ところで、若い女性が子宮頸がんと診断されているということは、若い世代で適切に検診を受ける人が増えていることを反映している可能性があります。図2をごらんください。子宮頸がん検診受診率の年齢分布です。この2つのグラフ、形がよく似ていませんか?
子宮頸がん検診は当初40歳以上を対象に始まりましたが、その後対象年齢が引き下げられ、現在では20歳以上が対象、20歳になった時の無料クーポン配布、2年に1回の検診の推進、妊婦健診とあわせた実施などが行われています。
初期の子宮頸がんは、自覚症状に乏しく、検診で初めて自分が子宮頸がんにかかっていることに気づく人が多いのです。2つのグラフが似ているのは、20〜40代の世代ががん検診に行き、がんを早期に発見できていることの表れ、つまり検診についての啓発と普及の成果である可能性が高いのです。
子宮頸がんは早期に見つければ、ほとんど命を失わずにすみます。早期の子宮頸がん(Ⅰ期)患者の10年生存率は92.9%と9割を超えています。また早い年齢で見つかれば見つかるほど10年生存率は高くなります*1。
死亡の8割は50歳以上
広告は
日本では20〜40代の女性を中心に、
毎年約1万人が「子宮頸がん」と診断され、
年間約2,800人が亡くなっています。
としています。この文章が、年間約2,800人の死亡の中心も20~40代であるかのような印象を与えていることも問題です。
年間約2,800人が亡くなっているのは事実ですが、その年齢分布は図3のようになっています。
20〜40代の女性(オレンジ色の棒グラフ)はあわせて571人で、全体の2割、あとの8割は50代以降なのです。決して若い人を中心に亡くなっているわけではありません。20~40代の女性を中心に約1万人が子宮頸がんに、と書くのであれば、約2,800人の死亡の中心は50代以降ということも記載するべきでしょう。
有効性に関する誇大な表現
広告の後半では
このがん、HPVワクチンで予防できることをご存知でしょうか。
17歳未満でこのワクチンを接種すれば、その88%を防ぐことができます。
と書かれています。
この「17歳未満でこのワクチンを接種すれば、その88%を防ぐことができます」という断定的表現は、薬機法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)で禁じられている誇大広告*2にあたる疑いがあるため、薬害オンブズパースン会議では2021年6月15日、厚生労働大臣に適切な指導等、必要な措置を取ることを求める要望書を提出しました。薬機法は製薬企業だけでなく「何人も〜」として、一般の人や医師に対しても薬の誇大広告を禁じています。
30歳までの発がんしか調査していないスウェーデン研究についての誇大な表現
広告の文章の引用元は、スウェーデンでの疫学研究に関する2020年のNEJM誌の論文(以下「スウェーデン研究」という)です 。
「17歳未満でこのワクチンを接種すれば、その88%を防ぐことができます。」という文章を読んだ人は、17歳未満で接種すれば生涯にわたって子宮頸がんを88%
しかし、スウェーデン研究は、HPVワクチンを接種した人としていない人について、30歳までの発がんを調査したにとどまり、それ以降の年齢でどのような効果がみられるかは未だに不明なのです。
しかも、子宮頸がん患者のうち30歳までに発症する患者は少なく、日本における2017年の子宮頸がん罹患者のうち約3.2%に過ぎません*3。
にもかかわらず、この研究結果から、同じ割合で生涯にわたってがんが予防できるかのように表現するのは、明らかに誇大です。
サブグループ解析結果を広告に用いるのは不当
さらに、本広告が取り上げている、17歳未満でHPVワクチンを接種した場合についての結果は、主解析ではありません。サブグループ解析によるものなのです。
サブグループ解析とは、解析対象者集団全体の一部について、改めて統計解析をするもので、解析対象の被験者数が少なくなることによる精度の低下、複数の解析を実施することによる誤りの確率の増加などの問題点があるとされています。そのため、厚労省の研究班からも、原則としてサブグループ解析の結果は広告に用いないことが提言されています 。
サブグループ解析結果をもって、17歳未満でHPVワクチンを接種すれば、生涯で88%の子宮頸がんを予防できるかのように表現している広告の記載は、HPVワクチンの有効性に関する明らかに誇大な表現です。
不都合な事実に言及しないアンバランスさ
全面広告の文章はHPVワクチンの安全性についてはこう書いています。
世界ではこれまで約8億回も接種され、
WHO(世界保健機関)も極めて安全性が高いとしています。
しかし、このワクチンにより、日本だけでなく、海外でも多くの被害が出て、被害者団体が結成されたり、訴訟が提起されたりしていることは、2018年に当会議が開催した国際シンポジウムでも示されています 。
厚生労働省が公表しているHPVワクチンの重篤副反応発生率は接種者1万人あたり5人です。これは他のワクチンと比べて8倍以上、副作用被害救済制度において、障害(日常生活が著しく制限される程度の障害)の認定頻度は、主な定期接種ワクチンと比べて20倍以上と著しく高くなっています 。
このような重要な事実を広告は伝えていません。
また、そもそもWHOのワクチン安全性諮問委員会(GACVS)の委員の利益相反の問題もあります。
2014年に日本で開催された厚生労働省の意見交換会に、当時のWHO GACVSの委員長であるロバート・プレス氏が不当な介入を行ったことが、海外の情報公開制度によって入手された厚生労働省と同委員長らとのメールによって明らかになっています 。そして、このときの不当な介入に加担し、2019年6月からGACVSの委員長を務めていたヘレン・ペトシウス=ハリス氏は、2020年8月、任期の途中で製薬企業との利益相反を理由に辞任しているのです 。任期中の利益相反を理由とした委員長の辞任は、前代未聞のできごとです。
「正確な情報を知って下さい」と言うのなら・・・
これまでみてきたように、「みんパピ!」の全面広告は、明らかに誇大であるとともに、ことさらに誤解を招く内容となっています。
2020年7月、製薬企業らによる業界団体である疾患啓発(DTC)研究会は「疾患啓発綱領」を発表しました 。これは、製薬企業が一般向けに病気の啓発活動を行う際の基本原則を定めたもので、患者さんやそのご家族の不安をあおるような恐怖訴求は厳に慎むことが求められています。民間団体が行う疾患啓発活動にも、その趣旨は当てはまるはずです。
根拠のない誇大な表現とともに
もう「知らなかった」という理由で、死なないでほしい。
と大きく書いた全面広告を出すことは「恐怖訴求」そのものではないでしょうか。製薬企業ではないからという理由で、こうした広告が許されるのは不合理です。
「みんパピ!」の広告は
正確な情報を知ってください。
という言葉で終わっています。
本当に正確な情報の周知を願う団体であるなら、こうした内容の広告を行うべきではありません。
*1:国立がん研究センターがん情報サービス10年生存率集計報告書 https://ganjoho.jp/data/reg_stat/statistics/brochure/hosp_c_reg_surv_10_2008.pdf
*2:薬機法66条1項 何人も、医薬品、医薬部外品、化粧品、医療機器又は再生医療等製品の名称、製造方法、効能、効果又は性能に関して、明示的であると暗示的であるとを問わず、虚偽又は誇大な記事を広告し、記述し、又は流布してはならない。
*3:国立がん情報センターは、20~24歳、25~29歳、30~3